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okutaniのTwitter以上, ブログ未満な文章

Nさん

2023.04.28

最近はうまく眠れず、がばっと布団をかぶり、枕に顔を埋め、ぐっと目を瞑ったら、ふと、Nさんのことを思い出した。

「一目惚れでした」

純粋に嬉しかったあのときの気持ちが、僕一人のベッドでわっと蘇ってきた。

僕の人生で聞く、最初で最後のことば。

ホームパーティで見たあの子は、キラキラ輝いていて、僕は彼女のことがまぶしくて、直視できないほどだったのに。

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高校にあがり、『クラスの女子の陰口』でみごと女性恐怖症になった僕は、3年間まともに女子と口をきかず、しかたなく会話しなければならないときは、すべて敬語で話した。

高3になると、クラス替えでいよいよ友達がいなくなり、図書室に引きこもり、太宰治の全集を読む生活を経て、夏ごろになると、学校に行けなくなった。

僕にとって女性は「平然と人の陰口を言い、僕みたいな社会不適合者のことを平気で蔑み、嫌い、身内が悦に浸るために平気で人を攻撃し、傷付けることのできる存在」であった。

今でこそ、もうすこしまともな考えができるようになったが、その考えは、20代後半に差し掛かるまでは解消されなかった。

人が一生懸命に、ピエロを演じても、それをそのままストレートにバカだととらえ、バカにするバカ女。

…少々悪口がすぎた。これは僕の恋愛に関する物語だ。話を進めよう。

—-

話は、僕が20代も中盤に差し掛かったあたりのこと。

友人のホームパーティに招待された僕は、いつになく、緊張していた。

そして、その緊張はそのまま会に反映されてしまった。

「ガールズバー通いが辞められない奥谷です」

とウケ狙いでやった自己紹介が、そのメンバーにウケ、意外にも良い空気になったのは良かったが、そのあとがまずかった。

10人ほどの参加者のうち、僕は主催者の友人以外ほとんど誰も知らず、「身内ノリを崩してはなるまい」と、自己紹介が終わったあたりで、僕は『誰とも話さない』という最悪の選択をとってしまった。

しかし、黙ったまま俯いていては、周りに気を使わせてしまう。

僕は定期的に、目の前にある安物の缶チューハイを口にした。

かつ、飲み物がなくなってしまうと、誰かにドリンクを頼まなくてはならず、かといって缶チューハイが無くなると、やることがなくなってしまう。

僕はなるべく、『缶チューハイが空にならないよう』に、チビチビと、ゆっくりと、高い日本酒を大事にだいじに飲むように、そして、「酒好きで飲んでいるだけで楽しいんですよ。僕に気を遣わないでくださいね」、といいたげな雰囲気を醸し出すため、さも安物のチューハイを美味しそうに飲んだ。

そして、それと同時に、そんなことをしている自分自身に、イラついていた。

Nさんは、僕の3つ下ぐらいの女性で、黄色いおしゃれジャージに、ツインテールだった。

会の中では一番活発そうで、周りからの人気も高いように見えた。

そして、美人で、胸も大きかった(と思う)。

『こういう子と仲良くなれたら人生楽しいんだろうな…』

スクールカーストの枠にすら入れていなかった自分。

その会で異物と化した僕は、ただただNさんが眩しく見え、それに反比例して、僕はさらに奥の隅の方に縮こまっていった。

「仕事があるので先に失礼します」

チビチビ飲んでいた缶チューハイが切れ、痺れも切れ、結局、誰とも話せず、途中退席。

主催してくれた友人に、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

僕は半泣きで、池袋のホームの天井を見上げていた。

—-

「奥谷さんと仲良くなりたいと言っている人がいます。連絡先を共有してもいいですか?」

そんな連絡が来て、僕は正直、かなりとまどった。

誰とも話していない上に、お相手が女性だったのだ。

誰一人名前も分からないので、実際やりとりするまで分からなかったが、まさか、お相手はNさんだった。

僕は、高校のときの苦い記憶が蘇り、「もしかしたら罰ゲームか何かなんじゃ…?」と、いい社会人が絶対するはずもないことを、アホみたく真剣に考え、悩んでしまった。

ここからはすこし説明を端折って書くが、その後、友人とNさん含め食事に行き、そのあと数回Nさんとご飯に行った。

女性恐怖症が抜けきれていない自分は、変に舞い上がってはなるまいと、もう高校のときのように傷付くのはごめんだ、とあまり深く考えすぎないようにしていた。

—-

Nさんとの何回目かの食事。その日は友人も合流し、3人で楽しく談笑して、僕は吉祥寺の自宅へ帰った。

家に向かう途中、Nさんから連絡があった。

「今から吉祥寺に行ってもいいですか」

僕ら2人は、井の頭公園のベンチで並んで座り、風で木々が揺れる音が聞こえるぐらい静かな夜で、僕もなんだか不思議な感じで、お互いになぜだか恥ずかしくなるような... ついやっと、Nさんが喋り始めた。

「一目惚れでした」

僕は、人生でこんなことがあるのかと、純粋に嬉しく、一目惚れだのなんだのは、ドラマや映画の世界のできごとで、ましてや、スクールカースト圏外の自分が、人から告白され、さらに、「一目惚れ」だと言われるだなんて、そしてそのお相手がNさんだなんて、天地がひっくり返っても起きないことだと、当時の僕は思っていた。

ただ、本当に、ほんとうに、タイミングが悪かった。

自分の中では最高の出来事だったのに、タイミングだけが最悪だった。

僕は、前の彼女のことをめちゃくちゃに引きずっていた。

5年付き合って、そのうち4年間同棲していた彼女。しかも、別れても、別れきれず、定期的に会っていた。

その彼女のことが頭から離れず、次の恋愛に一歩踏み出す勇気が、そのときの僕にはなかった。

「ごめんなさい」

その後のことは、よく覚えていないが、ありがとう、とお礼を言われ、そのまま駅で解散した。

人生で初めて、女性にきちんと告白され、ましてや、一目惚れだなんてロマンチックなできごとは、僕の断りの一言で、2人を現実に引き戻した。

あの子はどんな顔で中央線に揺られ帰宅しただろうか。

その後、Nさんとは友達として関係を保っていたが、些細なことがきっかけで、ブロックされてしまった。

たぶん、その些細なことは、きっかけでしかなかったんだと思う。

きっと彼女はどこかで同じ決断をしていた。

僕はすこし悲しいのと、同時に、辛い思いをさせてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

いや、彼女の方が、それの100倍は辛かったに違いない。

僕は今まで関わってくれた人全員に、幸せになってほしいと、本気で思っている。

そして、その考えは、ときに人を傷付ける。

なんてことを、ひとりぼっちの眠れぬ月夜の晩に、せっせとスマホに向かって書いている。

Nさんは元気でやっているだろうか。

僕はあのホームパーティであなたに憧れていたし、そして、今思い返せば、あなたが好きでした。