はっぴいえんどの曲を聴くたびに、あの子のことを思い出す。
顔も名前も年齢も知らない。
ましてや住んでいる場所や、どんな職業だとか、どんな体型だったか、とか、僕は最後までなにも知らなかった。
いつごろ知り合って、いつごろ連絡を取らなくなったかも、もう覚えていない。
たぶん、どこかの掲示板で連絡先を交換したんだと思う。そして、よく電話をしていた。
「はっぴいえんどが好き」
あの子は嬉しそうに、僕に好きな音楽の話をしてくれた。
それから、僕ははっぴいえんどをよく聴くようになった。今でもよく聴く。
その子が「NUMBER GIRLも好き」って言っていたのを思い出し、最近やっと、それが分かるようになった。
ちゃんとしたことは、いまだに、なにひとつ分からないけど、音楽の良さだけは、やっと、分かるようになった。
***
またあるとき、マッチングアプリでとある子と知り合った。
新宿歌舞伎町、安いチェーンの飲み屋、レモンサワー。
時計じかけのオレンジ、ダンサーインザダーク、レナードの朝、ミリオンダラーベイビー…
レモンサワーを追加で頼みながら、嬉しそうに彼女は僕に好きな映画を教えてくれた。
教えてくれた映画はぜんぶ観た。
ミリオンダラーベイビーはぜんぜん好きになれなかったけど、それ以外の映画は、今、僕の人生の宝物になっている。
その日の帰り道、彼女は僕に「ねえ。ホテルに誘ったりしないの?」と、言った。
小雨の中、小走りで僕たちは新宿駅東口に向かった。
駅前。彼女は「ねえ。キスもしないんだ」と、やはり、僕をからかうように、笑いながら言った。
僕は、その子のことをどこか尊敬していた。
僕の知らない世界を、嬉しそうに教えてくれるその子に、心ひかれていた。
キスも、ハグも、手すら繋ぎもせず、僕は電車に飛び乗り、窓に流れる街と小雨を、ぼんやり眺めながら帰った。
あるとき、とある映画のチケットが取れた。しかも、主演の方のトークショー付きのチケットだ。
その子を誘って、一緒に映画を観た。
尊敬するその子と一緒に、僕が取った映画をふたりで観れたことが、嬉しかった。
その日以降、彼女とは連絡が取れなくなった。
いまだに、僕は一本映画を観ると、ふと、その子のことを思い出す。
6, 7年前のちょっとした出来事なのに、僕はいまだに思い出す。
***
そういえば、前の彼女、前の前の彼女も、マッチングアプリ ― インターネットで出会った。
リアルのつながりが、なにひとつ無い、ふだん生活していたら関わることのない、赤の他人。
インターネットを介して、ダイレクトに、知り合い、それが自分の人生の中に、生き続けている。
そんなこと、今では一般的ではあるんだけど、それでも僕は、どこかその不思議な感覚と、人が持つ普遍的ななにかを、感じざるをえない。
最近、インターネットではないんだけど、競艇について、とても楽しそうに僕に語ってくれる子と出会った。
僕は競艇についてなにひとつ興味はなかったんだけど、楽しそうに、横でお酒を飲みながら語るその子と話した夜は、とても楽しかった。
ようするに... すこしでも僕の人生に関わってくれて、良い影響を与えてくれて、ありがとう。ってことが言いたいんだなって、この文章を書いていて思った。
インターネットでも、リアルでも、人間、本質的なところはなにも変わらない。
性善説と、人生を信じて、生きていきたい。
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okutaniのTwitter以上, ブログ未満な文章
インターネットの君と僕
2024.07.01